プロレスのはなし。

昨日、友人とプロレスを見に行った。

その友人はあまりプロレスのことは詳しくない。

「これはガチなのか?」と聞いてくる。

僕の答えは「もちろんガチ」である。

選手たちが人生かけて試合しているのだからもちろんガチである。

 

しかし、「なぜ技をわざと食らうのか」とか「レフェリーはいまの反則に気づいているだろ!?」とか言った質問に対しては、

「そういうものだ」と答えるしかない。

おでんが出たらダチョウ倶楽部。

そういうものだ。

 

「試合の勝敗ははじめから決まっているのか?」と聞かれれば、

「それでもいいではないか」と答える。

 

いきなり視点が変わるが、

プロレスは興業であるからして、

運営する会社としては、「次もまた会場に足を運んでもらいたい」

というのが大きな目的だろう。

 

とすれば、1回の大会で8試合くらい行われるそのすべてをトータルでみて、

「面白かった!」と感じてもらわないといけない。

前座の試合が5分で、

メインの試合が30分。

最後のカタルシスに向けてどんどん盛り上げていく。

すべての試合が同じようであれば飽きる。

メリハリ。

選手全員が持ち場で頑張っているのである。

(というのは部外者たる僕が勝手に考えていることだけど)

 

1つ1つの試合に戻って考える。

僕はプロレスはジャズと同じだと思っている。

だいたい決めたコード進行の中で、それぞれのプレイヤーがアドリブしていく。

吉本新喜劇はヘヴィメタルか。

もっとかっちり決まっている気がする。

 

長いことプロレスをみていると、

戦っている選手だけでなく、コーナーに控えている選手の動きとか、

場外でのびている選手とか、

レフェリーとか、

いろいろなところに目がいく。

ここで攻守が入れ替わって展開が変わるな、とか、

もうそろそろ試合を終わらせるな、とか

だいたい予想できる。

(その予想をたまに裏切られるから面白いのだけど)

 

プロレスだけでなく、なんでもそうだろうけど、

熟練の人とそうでない人は、

見えているものがぜんぜん違う。

(僕がプロレスの熟練、とは言ってませんw)

 

プロレスのことを言いたかったのではなくて、

世の中で行われているいろいろなことも、

見えている人と見えていない人とでは、

まったく別世界なんだろうなと。

 

たとえば、お金の稼ぎ方とか、

僕はよく知らないけど、

見えている人には見えている。

 

「そういうものだ」、と。

 

 

 

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