「これ食べていい?」10歳の女の子と2ドルとフライドチキンと。

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トゥクトゥクでトンレバティというところへ。
水上にコテージがあり、食事ができるようになっている。
リゾート地ということだが、「水上コテージ」という言葉から連想するところのタヒチ的なものとは天と地の差である。

それにしてもカンボジアは道が悪い。プノンペン市内でもデコボコしているが、郊外に出ると舗装さえされておらず、水たまりがいたるところにある。
そして信号はない。
ないのだが、みな意外に安全運転である。
わけのわからないスピードで走っているのもほとんどいない。
日本のほうがマナーが悪いのではないかと思える。

農村地帯をひたすら走ること1時間半。
美しいわけではないけれど、田園風景が広がり、牛のような動物が草を食んでいる。
ドライバーは牛であると主張するが、我々の知っている牛ではない。
道端には商店があったりなかったり。
店員は寝ているかだべっている。

そこはかとなく牧歌的。

そういえば日本人の旅人に会ってない。
このシーズンにわざわざカンボジアに来ようなどという人はいないのか。
いや、プノンペンに来ないだけであって、シェムリアップ(アンコールワットがあるところ)にはたくさんいるのか。

リゾート地のトンレバティへの道すがら、小さな寺院に立ち寄った。
とたんに10人以上の子供たちに囲まれ、花を買わされた。
カンボジアは客引きがまったくしつこくないので、油断していた。
最初は1人しかいなくてまあいいかと花を買ったら、わらわらと子供が増えて大変なことになった。
仏様のところにたどり着いてもまだまとわりついてくる。
困っていると「こらっ!」という声がして、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
見ると、非常に徳の高そうなご老人である。
助かった。

と思ったら、次はそのじいさんに喜捨を求められた。

結局、子供、おじいおばあ合計でけっこうな額を寄付してしまったのであった。

まあ人様の国におじゃましているのだし、何万円もあげたわけではないし。

リゾート地に到着し、水上に設置された木の通路をわたって、個室(?)に入る。
すっかり仲良くなったトゥクトゥクのドライバーもいっしょだ。

メニューを見せてもらうと、さすがリゾート地、けっこう高い。
といっても日本の通過価値で考えるとまったく大したことはない。
フライドチキンとライスをもらう。

写真をとったり、ビールを飲んだりしながら食事を待つ。
そしてなぜかたまたまそこにいたトゥクトゥクドライバーの兄貴もやってきて交流をはかる。
朝から何も食べてなかったので、かなりお腹が空いている。

30分たっても40分たっても料理はこない。
「買いに行ったな」
きっと鶏肉を買いに市場に走っているのではないか。
他にお客はいないし、仕入れておくのも難しいのだろう。

よいのである。まったく気にしないのであ?。
ここは日本ではない。

なお待っているとまた1人の女の子がやってきた。
さきほどの寺院のことがあるので、
「こんどは何を売りつけられるのだろう」
と思ったが手には何も持っていない。
強い訛りのある英語でいろいろと話しかけてくる。

ここで働いているおばさんたちの誰かの子供だろうかと思い、とくに気にせず話をしていた。
10歳というが、もう少し小さいようにも見える。
カンボジアの人はそれほど体が大きくないからこのぐらいで普通なのだろうか。

「写真とってあげます。カメラ貸して」とか、
「ここから飛び込んで泳いでも大丈夫ですよ」とか、
いろいろ世話を焼いてくれる。

我々の水上コテージに、おばさんの乗った手漕ぎボートが横付けされた。
食べ物を売りにきたようだ。
大皿にカラフルな野菜のようなものが盛られている。
しかし、凝視するとそれは昆虫のつくだ煮的なものであった。
日本でもイナゴとかあるけれど。
あるけれども。

ゴハンが運ばれてきた。
フライドチキンというのは、鳥一羽まるごと揚げたものであった。
それで時間がかかっていたのか。

僕がノートに書き物をしている間に、女の子はいつの間にかいなくなっていて、ドライバーと2人で食べ始めた。
彼は控えめで、肉のたっぷりついている部位を食べようとせず、小さな骨の部分ばかり食べている。
「もっと食いねえ」
と言っても、ノープロブレムといって、骨をぽりぽりやっている。
なんと言っても食べないので、じゃあいただきますよとケンタッキーでよく食べるレッグのところをいただこうと解体したら、真っ黒な手がにょろっと出てきた。
「うげっ!」
と思ったがドライバーの手前、何気ない風を装いレッグだけをいただいた。
しかし、彼は手の部分をも残さず食べるのであった。

彼があまり食べないので、がんばってもりもり食べた。
さすがにもうムリと思い、ごちそうさまと手を拭いていると、またさきほどの女の子がやってきた。
ドライバーとひと言ふた言かわすと、我々が残した白飯とほとんど肉の残ってないチキンを食べはじめた。

「いっしょに食べさせてあげればよかった…」
あるいはムリに食べずに残しておいてあげればよかった。

この食べ残しがなければ、この子は昼ゴハンにありつけなかったのか?

かわいそうになり、カゴの中のジュースをどれか選んで飲んでいいよ、と言うも理解できない。
いや、英語は通じている。
だけど、意味が分からないらしい。
こうやっていつも観光客のところに来ていても優しくされたことはあまりないのか。

ドライバーがクメール語で伝えて、ようやく彼女は缶を一つとった。

彼女が食べたあとのチキンは文字通り骨だけになっていた。
骨以外になにも残っていない。
黒い手はそのままだったけど。

食べ終わってまたいろいろ話していると、彼女は言いにくそうに、「ミスター、わたし、朝、イングリスクールに通っていて、でもお金がなくて」と言った。

イングリスクール。
English School.

さっき寺院でも聞いた。
同じか。

2ドル欲しいと。

でも不思議とがっかりはしなかった。

小銭が2ドル分なくて、1.9ドルくらいしかあげられなかったのだけど、渡すと何度も何度もアタマを下げる。

10歳である。
身寄りはないのかもしれない。

トゥクトゥクに乗り込むと、彼女もいっしょに乗ろうとする。
「どこに行くの?」と聞くと、
「お寺」と言う。

トゥクトゥクが走り始めると、小さな男の子が走ってきて追いつき、ひょいっと飛び乗った。
兄弟だろうか?

彼女が持っているジュースを指差して、「それどうしたの?」と聞いている。
彼にも買ってあげようかと思ったが、トゥクトゥクはもう走りはじめている。

そしてトゥクトゥクは先ほど僕が10人もの子供たちおよび4人のおじいおばあにタカられたあの寺院に止まり、2人は帰っていった。

あげたお金、他の子にとられないといいね。

お金をあげることを批判する人もいるけど、この1ドルで今日一日がしのげるならそれでいいのではないか。

ただの旅人に魚の釣り方なんて教えてあげられないのだから、魚をあげるしかない。

帰り道、道端で発見した」NPO法人◯◯」と日本語で書かれた建物は廃墟と化していた。

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「これ食べていい?」10歳の女の子と2ドルとフライドチキンと。」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 2013年8月 カンボジア2 | Tezukahiroki's Blog

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