モナコ〜リブリャナ〜ベオグラード③

セルビアの首都ベオグラードでは、セルビア王宮にて開催された “24 hours of elegance ” に出席させていただきました。

http://www.24hoursofelegance.com/

入り口のライトアップから素敵です。24 hours of elegance の文字が照らし出されているのが好きです。

 

取材陣が多数詰めかけていました。僕らのグループからプリンセスに日本の「兜」をプレゼントさせていただき、その様子は公式サイトでも紹介されています。

 

The Royal Palaceの文字が。王宮でガラディナーという機会が訪れるとは。

 

ガラパーティは深夜まで続き、その翌日は、コンコース ド エレガンス。クラシックカーや、スーツなどの展示を愉しみました。

 

このフェラーリなんかは、人だかりができていました。

毎日の業務日誌です

 

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モナコ〜リブリャナ〜ベオグラード②

モナコからリュブリャナ、ベオグラードまでは車で移動しました。2日間かかりました。十数名のグループでしたので、車は4台で。これはそのうちの1台です。

今回のために作成したステッカーです。

ベオグラードでの最初の夜は、いかにも地元の人が集うレストランに行きました。ギターやアコーディオンを抱えたミュージシャンたちが各テーブルを回っていました。こういうときのチップっていくらくらいが適正なのでしょうか。セルビアの平均月収はどうやら300ユーロくらいらしいです。日本円だと4万円弱。だいぶ低いですね。

僕はこのとき5ユーロ渡したのですが、多かったのか少なかったのか。300ユーロに対して5ユーロ。たとえば日本で月収が40万円だとすると5,000円くらいか!?と思ったり。タクシーに乗ったときはメーターで500~600ディナール(日本円で600円~700円程度)で、ユーロ札はダメと言われたりしたのですが、10ユーロ札を渡して受け取ってもらったりもしました(お釣りはチップとして)。あげすぎだったのかなあ。

ベオグラードは洗練されたエリアもありますが、そうでない場所も多く、物乞い(あるいは何かを買ってくれとせがむ)子どもも何人か見ました。東南アジアのような数ではありませんが。失業率もだいぶ高いようですね。政府の発表よりも実際は相当高いのではないかとも聞きました。

セルビアの食事を思い出すときに真っ先にアタマに浮かぶのが、このトマトサラダ。チーズたっぷりかけ。5日間の滞在で何度も食べました。メインで出てきた料理よりもこちらのほうが印象に残ってます笑

セルビアの料理は、とにかく量が多かった。出された料理は残さず食べる、が信条の僕でも、かなり多いと思いました。女性だったら、2人で1人分を食べるのでも足りるかもしれません。

味付けが濃いのも特徴かと思いました。

セルビア王家の私的な教会に行く機会をいただきました。一般の人は入れないようです。到着すると、大きなパン(左の女性が持っているこれ!)を振る舞われました。聞くと、ぜんぶ食べるのが礼儀だそうで、口の中がカラカラになりながら、なんとかみんなで食べきりました。何か飲み物を用意していれば、もっとスムーズにいただけたのですが。

王家の教会の入り口です。観光客があふれている、ということがないので落ち着いて見学することができました。

 

天井まで何十メートルもあります。描かれたキリストの指がたしか1.5メートルもあるとか。

静かで、そして美しい。

4000万個のタイルでつくられたモザイク画。思わず手を触れてみたくなります。

 

教会の近くには、王家のワイナリーがありました。いまでもワインをつくっていて、買うこともできましたが、古い古い100年近くのワインが地下貯蔵庫に眠っていました。

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モナコ〜リブリャナ〜ベオグラード①

2017.8.28から、モナコに行ってきました。今回の旅は、モナコから車で、スロベニアを通って、ベオグラード(セルビア)まで行くというプランです。

けっこうな長距離ですが、こちらの方からすると、わりと普通だそうです。飛行機で移動するよりも、車で移動するほうが、その途中の景色など、より愉しめると。

今回たのしみにしていたのが、スロベニアの「リュブリャナ」という街。ここまで来るのに、モナコから8時間くらいかかりましたか。

モナコやフランス、イタリアは何度も行っているので慣れてしまった感もありますが、スロベニアは異国感満載でした。

まず、言語が明らかに違う感じです。これは、ガソリンスタンドに置いてあった看板ですが、まったく読めません。

ようやくお昼くらいにリュブリャナに到着して(そういえば、モナコを出発したのは夜中の3時でした)、まずはランチ。川沿いの、なんともいえないゆったりとした時間が流れるレストランで食事。

ツナのタルタルが美味でした。モナコに来始めたとき、タルタルはお肉ばかり食べていましたが、あるときイタリアのフィレンツェで魚のタルタルを食べて以来、魚タルタルが大好物になりました。

付け合せの大きなレモンも好きです。日本のレモンって、小さいですよね。このくらい大きなレモンをぎゅーっと絞ってこそ、だと思います。

写真は、モナコや、こういった世界を教えてくれた加藤学さんと僕。

そして、今回一緒に来たほかの仲間たちとリュブリャナの街中を流れるリュブリャニツァ川を、ボートをチャーターして、クルーズしてきました。ふだん、ヨットに乗って海ばかりですが、川もいいですね。

リバークルーズをしたのって、3年前に、ディンギーヨットでドーバー海峡を渡りにイギリスに行ったときに、テムズ河をクルーズしたとき以来かもしれません。どちらも、「ああ、ええなぁ」っていう感じで、「しばらくここにおりたいな」と。

テムズ河は曇りでしたが、リュブリャナはいい天気でした。この川沿いに自分の家があったら素敵だなあと思います。

クラブハウスをつくって、仲間たちと過ごしたり。ボートも係留して。

毎日ここで船に揺られていたいです。

これも船の上から。

リュブリャナの町並み。人口は20数万人、それほど大きな街ではありません。人はみな親切でした。スティールパンを演奏する、(たぶん)日本人のストリートミュージシャンがいました。日本人がいなさそうな場所で出会ったので、チップを置いてきました。ふだん、そういうことはあまりしないのですが。

ちなみに、スロベニアはEU加盟国で、ユーロが使えます。物価は、それほど高くは感じませんでした。魚タルタルのランチは、1人15ユーロくらいだったかな。英語もどこでも通じました。

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モナコでペタンク。


先週行っていたモナコでは、ヨットのほか、ペタンクというスポーツも愉しみました。モナコのチームと対戦し、接戦になったものの負けてしまいました。

 

といっても、向こうにはヨーロッパチャンピオンの人などもいて、力の差は歴然でしたが。


モナコチームからプレゼントしてもらったビュット(ゲームで使う的)。


みんなで記念撮影。モナコチームはお揃いのユニフォーム。こちらは、赤白コーデでまとめました。

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モナコでヨット。

先週、休みをとってモナコに行ってきました。コートダジュールの青い海は最高!

 

 

仲間たちとヨットに乗ってきました。合計10人で、3艇のカタマランヨットに。

 

風も波もちょうどいい感じで、気持ちの良いセーリングを愉しめました。これらのヨットは、現地で借りました。1時間あたり38ユーロで、少しサービスしてくれました。サンジャンキャップフェラ(saint jean cap ferrat)というところです。

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漂流郵便局。

漂流郵便局というサイトを教えてもらった。

一見、映画の予告サイトかな?と思ったが、どうやら香川県に実在するようだ。

「過去/ 現在/ 未来
もの/ こと/ ひと
何宛でも受け付けます。

Q手紙はどうなるのですか?
漂流私書箱の中で、宛先不明の存在に流れ着くまで漂います。

Q自分が出した手紙を読みに行くことはできますか?
漂流私書箱の中には確かにありますが、
どこにあるのかは当局員にも分かりません。」

 

村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を連想した。

あれは、「図書館」だったと思うけど、なにか似ている。

誰に宛てられたか分からない手紙をひたすらためこむ郵便局。

 

行ってみよう。

 

「これ食べていい?」10歳の女の子と2ドルとフライドチキンと。

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トゥクトゥクでトンレバティというところへ。
水上にコテージがあり、食事ができるようになっている。
リゾート地ということだが、「水上コテージ」という言葉から連想するところのタヒチ的なものとは天と地の差である。

それにしてもカンボジアは道が悪い。プノンペン市内でもデコボコしているが、郊外に出ると舗装さえされておらず、水たまりがいたるところにある。
そして信号はない。
ないのだが、みな意外に安全運転である。
わけのわからないスピードで走っているのもほとんどいない。
日本のほうがマナーが悪いのではないかと思える。

農村地帯をひたすら走ること1時間半。
美しいわけではないけれど、田園風景が広がり、牛のような動物が草を食んでいる。
ドライバーは牛であると主張するが、我々の知っている牛ではない。
道端には商店があったりなかったり。
店員は寝ているかだべっている。

そこはかとなく牧歌的。

そういえば日本人の旅人に会ってない。
このシーズンにわざわざカンボジアに来ようなどという人はいないのか。
いや、プノンペンに来ないだけであって、シェムリアップ(アンコールワットがあるところ)にはたくさんいるのか。

リゾート地のトンレバティへの道すがら、小さな寺院に立ち寄った。
とたんに10人以上の子供たちに囲まれ、花を買わされた。
カンボジアは客引きがまったくしつこくないので、油断していた。
最初は1人しかいなくてまあいいかと花を買ったら、わらわらと子供が増えて大変なことになった。
仏様のところにたどり着いてもまだまとわりついてくる。
困っていると「こらっ!」という声がして、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
見ると、非常に徳の高そうなご老人である。
助かった。

と思ったら、次はそのじいさんに喜捨を求められた。

結局、子供、おじいおばあ合計でけっこうな額を寄付してしまったのであった。

まあ人様の国におじゃましているのだし、何万円もあげたわけではないし。

リゾート地に到着し、水上に設置された木の通路をわたって、個室(?)に入る。
すっかり仲良くなったトゥクトゥクのドライバーもいっしょだ。

メニューを見せてもらうと、さすがリゾート地、けっこう高い。
といっても日本の通過価値で考えるとまったく大したことはない。
フライドチキンとライスをもらう。

写真をとったり、ビールを飲んだりしながら食事を待つ。
そしてなぜかたまたまそこにいたトゥクトゥクドライバーの兄貴もやってきて交流をはかる。
朝から何も食べてなかったので、かなりお腹が空いている。

30分たっても40分たっても料理はこない。
「買いに行ったな」
きっと鶏肉を買いに市場に走っているのではないか。
他にお客はいないし、仕入れておくのも難しいのだろう。

よいのである。まったく気にしないのであ?。
ここは日本ではない。

なお待っているとまた1人の女の子がやってきた。
さきほどの寺院のことがあるので、
「こんどは何を売りつけられるのだろう」
と思ったが手には何も持っていない。
強い訛りのある英語でいろいろと話しかけてくる。

ここで働いているおばさんたちの誰かの子供だろうかと思い、とくに気にせず話をしていた。
10歳というが、もう少し小さいようにも見える。
カンボジアの人はそれほど体が大きくないからこのぐらいで普通なのだろうか。

「写真とってあげます。カメラ貸して」とか、
「ここから飛び込んで泳いでも大丈夫ですよ」とか、
いろいろ世話を焼いてくれる。

我々の水上コテージに、おばさんの乗った手漕ぎボートが横付けされた。
食べ物を売りにきたようだ。
大皿にカラフルな野菜のようなものが盛られている。
しかし、凝視するとそれは昆虫のつくだ煮的なものであった。
日本でもイナゴとかあるけれど。
あるけれども。

ゴハンが運ばれてきた。
フライドチキンというのは、鳥一羽まるごと揚げたものであった。
それで時間がかかっていたのか。

僕がノートに書き物をしている間に、女の子はいつの間にかいなくなっていて、ドライバーと2人で食べ始めた。
彼は控えめで、肉のたっぷりついている部位を食べようとせず、小さな骨の部分ばかり食べている。
「もっと食いねえ」
と言っても、ノープロブレムといって、骨をぽりぽりやっている。
なんと言っても食べないので、じゃあいただきますよとケンタッキーでよく食べるレッグのところをいただこうと解体したら、真っ黒な手がにょろっと出てきた。
「うげっ!」
と思ったがドライバーの手前、何気ない風を装いレッグだけをいただいた。
しかし、彼は手の部分をも残さず食べるのであった。

彼があまり食べないので、がんばってもりもり食べた。
さすがにもうムリと思い、ごちそうさまと手を拭いていると、またさきほどの女の子がやってきた。
ドライバーとひと言ふた言かわすと、我々が残した白飯とほとんど肉の残ってないチキンを食べはじめた。

「いっしょに食べさせてあげればよかった…」
あるいはムリに食べずに残しておいてあげればよかった。

この食べ残しがなければ、この子は昼ゴハンにありつけなかったのか?

かわいそうになり、カゴの中のジュースをどれか選んで飲んでいいよ、と言うも理解できない。
いや、英語は通じている。
だけど、意味が分からないらしい。
こうやっていつも観光客のところに来ていても優しくされたことはあまりないのか。

ドライバーがクメール語で伝えて、ようやく彼女は缶を一つとった。

彼女が食べたあとのチキンは文字通り骨だけになっていた。
骨以外になにも残っていない。
黒い手はそのままだったけど。

食べ終わってまたいろいろ話していると、彼女は言いにくそうに、「ミスター、わたし、朝、イングリスクールに通っていて、でもお金がなくて」と言った。

イングリスクール。
English School.

さっき寺院でも聞いた。
同じか。

2ドル欲しいと。

でも不思議とがっかりはしなかった。

小銭が2ドル分なくて、1.9ドルくらいしかあげられなかったのだけど、渡すと何度も何度もアタマを下げる。

10歳である。
身寄りはないのかもしれない。

トゥクトゥクに乗り込むと、彼女もいっしょに乗ろうとする。
「どこに行くの?」と聞くと、
「お寺」と言う。

トゥクトゥクが走り始めると、小さな男の子が走ってきて追いつき、ひょいっと飛び乗った。
兄弟だろうか?

彼女が持っているジュースを指差して、「それどうしたの?」と聞いている。
彼にも買ってあげようかと思ったが、トゥクトゥクはもう走りはじめている。

そしてトゥクトゥクは先ほど僕が10人もの子供たちおよび4人のおじいおばあにタカられたあの寺院に止まり、2人は帰っていった。

あげたお金、他の子にとられないといいね。

お金をあげることを批判する人もいるけど、この1ドルで今日一日がしのげるならそれでいいのではないか。

ただの旅人に魚の釣り方なんて教えてあげられないのだから、魚をあげるしかない。

帰り道、道端で発見した」NPO法人◯◯」と日本語で書かれた建物は廃墟と化していた。