2024年3月22日(金)~23日(土)の日程で、八ヶ岳の根石岳と天狗岳へ。
前の月にも天狗岳には登っているので、今回の目的は登頂というよりも山小屋に泊まること。とくに、この根石岳山荘は、昨年の夏に通りがかって、なんと素敵な場所にあるのだ一度泊まってみたいものだ、と思っていたところ。
樹林帯を抜けて、あともう少しで根石岳という場所に、東も西も開けたところに建てられている。だから朝日も見れるし、夕日も見れる。
去年の夏は、もっと下のオーレン小屋というところにテントを張り、早朝から行動して根石岳の山頂で日の出を見た。
冬の山は、アクセスが難しい。登山口まで行くのが一苦労なのだ。夏でもそれは同じで、登山というのは登山口までの往復の行程を考えるのも、難しく面白い。
冬になると雪が降るわけで、そうするとけっこうな標高の登山口まで行くこと自体が大仕事だ。マイカーで行くとなるとスタッドレスタイヤとチェーンがいる。自分は雪道の運転などほとんど経験がないので、装備を整えたとしても不安である。だから公共交通機関で行くことになるのだけど、冬季は登山口までのバスが運休していることが多い。
夏は気軽に行けたところが、冬になるとまったく事情が違ってくるのである。
天狗岳に行くのならば、JR茅野駅から「渋の湯」までバスで行ける。しかし夏沢鉱泉のほうへ行くバスはない。しかししかし、夏沢鉱泉が送迎のマイクロバスを運行してくれているので(料金は宿泊料金に含まれている)、これはかなりありがたい。
私は夏沢鉱泉の宿泊ではないのだが、根石岳山荘は夏沢鉱泉と同じ会社なので、送迎バスを利用できる。これはよくよくネットで調べないと分からない情報であった。
ということで、40リットルザックに雪山装備を詰め込んで、いつもの特急あづさ1号に乗り込む。雪山用の靴はとても大きくて重い。片方で1キロほどもある。ザックに入れてしまって、移動中はスニーカーでも履こうかとも思ったが、荷物が増えるのもじゃまくさい。やたら大きな荷物とゴツい靴という風体で、周囲から浮いた雰囲気を出しながら電車に乗っていく。
ちなみに、ピッケルやストックはザックの中に入れるようにしている。こんなものまでザックに外付けしていたら、異様感は増すばかりだし、ストックはまだしもピッケルは外に出していたら良くない気がする。
特急に乗ってさえしまえば、茅野駅まではあっという間で、外に出たら送迎バスもすぐに発見できた。ほかの乗客も当然、全員が登山客なので、ようやくここで異様感は払拭される。
茅野駅からは、別の登山口まで行くバスがあり、それは公共交通機関なので、乗客が多いと立ちっぱなしで1時間ほどグネグネ道を揺られる恐れもある。送迎バスは定員があるし、マイクロバスは立っては乗れないから、その点も安心である。
市街地を抜けると別荘地に入り、そのあたりから積もっている雪が多くなってくる。進むにつれて雪はどんどん増えていき、途中でチェーンを装着し、さらに進んでいく。
出発して1時間ほどで、ゲートに到着。送迎バスに乗れるのはここまで。ここから先は、荷物だけバスに載せてもらい、人間は歩いて夏沢鉱泉まで向かう。重いと登っていけないということなのだろう。
チェーンスパイクだけつけて手ぶらで歩いていく。なんと気楽な雪山歩きか。いつも重い荷物を背負っているので、快適極まりない。
30分ほど歩いていくと、夏沢鉱泉に到着。ここでザックを受け取り、装備を整えていよいよ本格的に登山開始である。このときの時刻は11時半。ふつうだったらもう山頂には到着し、下山を開始する時間だが、山小屋泊なのでいつもより遅い。
それほど傾斜がきついところはないはずなので、とりあえずチェーンスパイクのまま歩くことにする。ザックの重量は12キロほど。雪山装備はいろいろと種類もあり、さらに予備も持つので、なにかと重くなる。たとえば手袋なんか、合計で6個も持っている。
なかなかこの重量に慣れることができずに、いつもヒーヒー言いながら雪山を登っている。もっと軽くしないと。
1時間ほど歩くと、以前にテント泊をしたオーレン小屋にたどり着く。何人かの登山者が休憩している。自分も座ってひと息入れる。
暑い時期だと水をたくさん飲むが、冬はあまり喉が渇かない。しかし汗はかいているので、飲んだほうがいい。なのだけれど、なかなか飲めない。水筒に入れてきた甘い紅茶をふうふうしながら、少しずつ飲む。
えいやと再び歩き出し、樹林帯を進んでいく。すれ違う人もおらず、とても静かだ。雪をかぶった木々と、その上の真っ青な空の色が心地よい。八ヶ岳ブルーという言葉があるようだが、まあ、どこの山でも青い空は気持ちが良いものだ。
樹林帯のなかは風の影響もないので、転ばないようにだけ気をつけて歩いていく。トレースも明瞭だ。iPhoneは、寒すぎると電源が落ちるそうだが(自分はまだ経験がない)、そこまでの寒さではない。分岐のたびにいちおうGPSを確認する。
とくに眺望のない箕冠山(みかぶりやま)で樹林帯から抜ける。登山の醍醐味はいくつもあるけれど、私は、この樹林帯から稜線に出る時間が好きだ。一気に視界のなかの青の割合が増えて、これだよこれこれ、と心のなかで呟く。
夏にも同じルートを歩いていて、やはりこの場所が好きだった。
ここから根石岳山荘まではもうすぐだ。正面に根石岳がどーんと見える。風も強くなく、デジカメで何枚も撮りながら山荘に向かっていく。
チェックインして今日はもう終わり、とすることもできたが、まだ時間に余裕があったし、それに翌日は天気が荒れる予報だったので、どこにも行けず下山のみとなる可能性が高かったので、根石岳までは行くことにして、さらにまだ大丈夫そうであれば東天狗岳まで行くと決めた。
根石岳から天狗岳までを一枚の写真に収められるところが、これまたお気に入りだ。山にハマって1年。いろいろな美しい場所に出会ってきたが、ここはその中でもとくに印象に残っている。
根石岳を越えて、少し下ってから東天狗岳に登る。けっこう疲れていたので、べつに登頂しなくてもこの景色が見れたら大満足だなと思ったが、もうあと少しだから登ってみるかと、3回くらい気合いを入れ直して登頂。西天狗岳を眺めて、同じルートで山荘まで戻る。
結果、頂上までは登っても登らなくても、どちらでも良かったかなという気もする。今回は根石岳山荘が目的なのだ。
到着したときはたしかマイナス10度くらいだったと思う。山小屋の玄関にはだいたいどこも柱に温度計がつけられている。
平日だったからか、この日の宿泊客は自分をふくめて3人だけ。そのうちの1人は個室だそうなので、大部屋に2人だけという天国である。今日はぐっすり眠れるだろう、そんな期待を胸に寝床に行ってみると、パーティションで区切られていて、パーソナルスペースが確保されていることにも驚き、本日の快眠は間違いなしと胸のうちでガッツポーズをしたのであった。
山小屋の夕食は早い。午後5時とか6時とかがふつうだ。翌朝の行動開始が早いから、眠りにつくのも早いからだ。この日もやはりそうで、ちょうど山と山のあいだに太陽が沈む時間帯だった。
山小屋によって名物の食事があったりするが、ここ根石岳山荘では、カツ煮であった。一人ひとり、小鍋が用意され、固形燃料でグツグツやってくれる。ふだん夕食のときにお避けは飲まないし、山ではとくに頭痛がしたりすると嫌なので飲まないが、このときはビールを飲みたくなった。飲まなかったけれど。
そうこうしていると、食堂の大きな窓から夕日の様子が見えてきた。思わずみなカメラを取り出し、数分のあいだ、じっとその光景に見入る。食事をしながらだなんて、なんと贅沢なことか。ちなみに、朝日の方向には窓はないので、日の出を見たい場合は、外に出る必要がある。
夕食を食べたらもうすることがない。
それにしても、布団の並びはなんとかならないものか。というのは、大部屋の端から、A、B、C、D、Eと5人分のスペースがあるとする。お客が2人しかいないのならば、AとEのように、間を開けてほしいと思う。AとCでもいい。なんでもいいが、AとBはなんか違うと思う。この日は、十分はパーソナルスペースがあったので、文句を言うほうがおかしいとは重々承知であるが、「べつに隣じゃなくてもいいのにな」とは思ってしまった。自分か、あるいは隣の人のいびきが大きかったら嫌なのだ。
しかし、その夜はそんな心配は無用であった。とにかく風の音が大きかったのだ。高度2000メートル以上の山の上に建っているこの山荘が、吹っ飛んでしまうのではないかと思うくらいの大きさだ。もちろんもっともっと風が強い日なんてザラにあるのだろうけど、素人が思わずそう考えてしまうくらいには強かった。
というわけで、少し眠っては音で起きて、を繰り返していて、とても隣の人の寝息やらいびきなんてものはまったく聞こえないのであった。
翌朝、6時の朝食では、あまり食べすぎると歩くときにしんどいかと思い、ご飯はおかわりしなかった。しかし、強い風はずっと続いており、日の出を見るために外に出たときには、雪も降っていて、とてもこの日はどこかの山に登れるような状況ではなかったので、下山するのみである。
下山するといっても、この山荘は根石岳直下の開けた場所にあり、そこから下界に戻るためには、森のある箕冠山の方向に向かう必要がある。
なのだが、まったく視界がきかない。雪が降り、強風だとこのような環境になるのかと初めて経験した。歩くと5分、10分の距離である。晴れていた前日はもちろん森もよく見えていた。しかしコンパスで方向を確認しないと怖くて歩いていけない。
天気予報では強風となっていたが、そのとおりだった。登れそうなら硫黄岳に行ってみようというプランは山荘を出た瞬間に放棄した。
iPhoneで動画を撮りたかったが、その余裕もまったくない。手袋を外すのは論外だし、タッチペンで操作するのも、iPhoneが万が一吹っ飛んでいったら大事だ。物理ボタンで操作できるデジカメも、ケースから取り出すのが億劫だ。
GoProがあったらな、とも思ったが、何万円も出しても撮れる映像は真っ白なだけだ。
なんとか森に入り、そうすると一気に風の脅威から逃れられる。さきほどまでとは別世界だ。しかし、昨日までの踏み跡は、降り続いている雪のせいで消えかかっていたり、完全に消えていたりした。
もう、この日は下山のみであるので、せっかくだからまだ使ったことのないワカンを付けてみようと思い立った。積もっている雪の上を歩くときに使うものだ。
誰もいないので、そのへんに座り込み、ワカンを装着する。家で何度か練習したので、すぐに付けることができた。歩いてみると、なるほど少し違う。でも、ものすごく違う、というほどではないような気がした。浮力の強いスノーシューならばきっと大きな差異を感じるのだろうけど、ワカンってこんな感じか、というのが正直な感想だった。きっとこれから、大変なラッセルをするようなときには絶対に必要になるのだろうけれど。
それでも、せっかく付けたので、そのままワカンでがしがし歩いていく。オーレン小屋のテント場は、だれも歩いてなんかいないので、雪がどんどん降り積もっている。そこを歩き回ってみると、たしかに違うような気がする。
ワカンのほかには、手袋の組み合わせをいろいろ試した。なにせ、予備も含めてぜんぶで6個もあるのである。2個を組み合わせたり、3個を組み合わせたり、あるいは分厚いもの1個だけだとどうなのかとか、寒くて雪があるときに実験できたのは良かった。